LRTの構想。真岡線は過去に宇都宮まで少し工夫をすることにより敷設可能だったようだ。宝積寺橋梁を利用。


そのようなことをもって今更のことを考えてしまうのはバカバカしいことだけど今後の案の元となる上で考えて見る。真岡線の宇都宮まで行けない理由に二つくらいあったらしい。(もちろん台地の障害もあったけどあくまで個人的意見だ。)
その二つの理由は恐らく現代からすると何で!?と言うくらいのバカバカしいようなことだ。どのような意味だかと言うとだ。鬼怒川の架橋は増水したとき広く深い上で危険だったことだ。恐らくをもって今では強烈なモーメント抵抗力の高い支保工と足場敷設技術で対応可能。そしてもし橋脚を建設したら空中作業をもって増水中も可能。今ではナンセンス。
二番目を言うと七井まで鉄道は恐らく敷設をされているそのとき茂木で何と!?茂木鉄道会社なる会社をどこの団体か設立。七井~茂木までの鉄道を計画する。
免許取得をするも資金は集まらず工事延期申請をする。
そのようなことをもってそのとき恐らく私鉄第一号!?の茂木線を建設をしようとするも。けれども資金難をもってその会社は潰れてしまう。鉄道院恐らく国鉄はその意を受け継いで宇都宮までの計画を中止して七井~茂木までの路線に着手する。
そのとき推測だけど宇都宮までの敷設財源は尽きていたのではないか。よってその状態で収まってしまったと言っていい。
もしそのような事実はあったとするとその会社は余計なことをしてしまったかもしれないようだ。
言っとくけどブログ情報だから信ぴょう性に乏しいけど小耳に挟んでみるのもいい。
そもそもどうしてそのような計画を国鉄は引き継いだか。一説をもってすると茂木方面に言ってしまうなら税金を得る上での担保と言っていいタバコの葉を栽培している世帯を散見。
その背景は置いとく。実を言うと鬼怒川を越えられていたかも知れないのだ。もっと早く気付かなければならない状態だった。とりあえず芳賀そして清原まで延伸したら宝積寺橋梁の方に回せば僅かな迂回をもって宇都宮に接続可能だったのだ。もっとも清原駅を設置する場合は北寄りに設置するか芳賀と合同にするかとなる。宇都宮よりその橋梁まで45度くらいをもって更に清原をもってその橋梁まで50度くらいだ。
そしてだ。実際をもって宇都宮より清原軍用線は宝積寺駅をもってスイッチバックで鐺山駅!?まで走っていたのを思うと充分可能だ。直接橋梁まで接続すると距離も短縮そして曲率も緩やかをもって自然な状態での接続だ。言っとくけどこのくらいの迂回は他の路線はしょっちゅうやっている。けれどもその線は敷設をされている時代は昭和の前期をもって更にそのときは真岡線も茂木まで敷設をされてしまっているう!?。
もちろん茂木まで敷設されているのは悪いことではなく茂木集落は茂木町と格上げ。
サーキットを誘致するまでとなったのだ。言ってしまうならハリウッドにも知られるMOTEGI!?となったのは恐らくと言うか茂木事件!?のお陰と言っていい。けれどももし真岡線は宇都宮に行っていたら経済の相互恩恵は想像を上回っていただろうと思う。宇都宮に通う世帯で真岡線は覆っていたこととなるからだ。もちろん前述の情報はブログ上の情報だから事実かどうか分からんことだ。
真岡線はあまりにも不憫でならないし真岡線の幸運を思うばかりだ。以上。
みなもとのひかるアマゾンホームページに行く場合はこの場所をクリック。
このブログへのコメントは muragonにログインするか、
SNSアカウントを使用してください。