以前のブログをもって真岡線の延伸先は清原軍事工場に向く筈だったと筆者は言う。けれども軍事工場と言うより飛行場を置く軍事工場だったのだ。言うまでもなく飛行場の面積を多くする。
するとだ。その場所にアクセスする鉄道を見受けていたのだ。
そしてだ。その場所を行くのにわざわざ宝積寺まで行ってその場所から清原まで引き返したらしい。言ってしまうなら既存の川を渡る上流部の河川橋(河川幅は上流に行く程狭い上!?安全に架橋可能だ。)を使用して語弊あるけどスイッチバックして行く。
更にだ。その行く先は鐺山駅をもってその跡は鐺山十字路を東へ2番目の信号の北20メートルだ。
更にそのレール跡は舗装をされて宝積寺清原県道となっているようだ。
そのように思考するなら現LRT路線は東へ行く鉄道史上大河川を渡った橋梁を建設したことでのっけの快挙となる。そしてだ。LRT路線は行く筈だった鉄道路線を再現している状態となっている。未設区間は芳賀工業団地管理センターより七井の凡そ7キロ区間と言うこととなる。
七井と管理事務所前をもし接続されるなら頓挫した真岡線の路線の再生をもって!?凡そ一世紀ぶりの快挙となる。もしもそのとき宇都宮に向けて居たら真岡線沿いの市町村は言うまでもなく一格上がるだろう。けれども言ってしまうなら献上鉄道であり国益全体を優先させていたのだ。何せそのときは統治していたお方は一般市民でないからだ。真岡線はその尊い身分を承っていたけど集落鉄道の状態に恐らく甘んじていた。烏山に接続する計画も戦争によって頓挫。
以上の路線は今までJRバスによって代理運行される。けれども国鉄自動車五原則は生きていて低触の上撤退表明。
話題を逸らしてしまったけど清原飛行場は言うまでもなく空襲の標的となってしまう。その貴重なアメリカ側のフィルムは調べるとネット上に出ている。宝積寺から南に延びる鉄道は清原軍!?線と言ってわざわざ123号線の橋を迂回して遠回り。それほど河を渡るのを危険視していたのだ。よって真岡方面からの鉄道はお見送りとなるわけだ。
それをもってまだ言ってないけど真岡線でさえ!?その上を舗装して国鉄バスを走らせる計画在り。
そのような状態だと利便性に欠けると言うことをもって第三セクター化をする。けれども再度をもって経営難だ。
最近LRTの人気によって常磐線ー常総線ー真岡線SLー接続バスーLRTをもって言ってしまうなら鉄ツアーを組んでいる人らを多くする。ネット上にそのブログを調べると散見する。
一定の軌道に乗るなら真岡線も利潤に預かれるところだ。以上。