流域治水2-0の重要場所は高流速の法面えぐりの対策だ。一度くらい韓国に行って見ると日本はどうされているか分かる!?

以前のその台風19号の被害でもっとも酷い状態は法面の高流速の水流の洗堀だ。
それによっての橋脚橋台の倒壊だ。
それによって市街の交通は分断する状態となった。
そしてだ。その状態は洪水を上回る被害だった。どのような意味か。
費用はべらぼうだったからだ。殆どはそれをもって復興を諦めていた。
更にだ。それによって経済までダウンする結果となった。
よって国土交通省は建設以外の会社の協賛!?まで募って費用を捻出して流域治水2-0計画を進める。
その最中で懸念されていたのは法面そして護岸の破壊だ。高流速の水流に橋台のふちはゴソッとえぐられ橋台は倒壊して橋桁まで落下させている。その防止策と言うことをもって考えたのは根固め工の水制化と言える。どのような意味か。
河川工学で言う水制とは水流の勢いをダウンさせる構造物だ。
そしてもう一つの根固工とは護岸の基礎の前面の洗堀を抑える目的で前に敷く構造物だ。今回考えたのはその言わば水制の役割も根固工にやって貰おうと言うものだ。
よって護岸近辺の水流はダウンして法面の洗堀はそれで抑えられるんではないか!?となる。けれども懸念事項もある。水制効果を期待させるには根固工表面にパターンを入れなければならないから下手すると乱流を出させて逆効果となる可能性もある。
その言わば設計は慎重にやらねばならない。
効果は台風19号規模の再来でしか分からないけどとりあえず理屈は通っている。
よって実際の効果も期待したいものだけど果たしてどうだろうか。以上。
以下のその記事を読まれる前に言いますけど韓国人は殆どの人は親切でいい人と在日も含めて感じています。旅行のときの率直な感想です上!?一般の人は殆ど善良だと思っています。
筆者の思い出で一番異国感を感じたのは韓国だ。
中国でも何処でもないのだ。どのような意味かと言うと日本にほぼ近辺に接するにも拘わらず家並みは若干異なるし文字は殆ど異なる。
言ってしまうなら近辺と言う概念に矛盾するように逆に違和感を感じる場所だ。
その意味を言うとだ。日本人とほぼ同一の顔をされているにも関わらず文字は異様の字体を使用して街角にその文字で書かれても殆ど分からない状態だった。にも拘わらずだ。
日本語をそのとき(今から30年前!?)は流暢に話す人は大勢いた。言わば認知不協和と言った方をよくする。恐らくこの場所まで言うと分かるだろう。
ハングルだ。筆者は40のとき行ったときまだ日本語を流暢に話す人らは大勢いた。まだそのときは韓国語はおぼつかない状態と言うか殆ど学んでいないで阿保だった。幸い日本語を話せる人は何人かいたのでホテルへ泊まったりする分には問題ない状態だった。けれどもだ。日本語を話せる人はいたのに文字はぜんぜん何をおっしゃっているか分からないのだ。返って恐ろしくなったようと言うかだ。
街角の一角にハングルで書いてある看板を見たとき「!」のマークを末尾についていたときだ。
その場所は入っていい場所か危険な場所か判別をつかなくしてどうしようか途方にくれたこともあった。
せまうる運動をもって漢字を殆ど排除してしまった。よって中国より異国感を感じた次第だ。漢字だったらある程度類推可能だからだ。
にも拘わらず皆日本人と殆ど変わらん顔をされている。けれどもだ。今は大丈夫だ。ハングルもある程度分かるし韓国人の顔!?もある程度分かる。
一定の顔の分類はほぼ可能だ。日本の政治家更に有名人の顔を見ると誰は大陸系か分かる。言っちゃ悪いけど7~8割はあっち側だ。言っとくけど筆者の見解だ。何回か渡るとどのような顔は大陸系か分かる。
よって政治家の誰々は帰化系かと類推可能だ。あくまで類推であって事実かどうかは別問題だ。脱線するけど韓国人は見た限りでは渋滞すると車から出て前の人を見て文句を言う人も多い。クラクションをウンザリするほどならして実は何でもないことだったと言うのも少なからずあった。自己主張の強い民族だ。けれどもか。歩道橋を見ると日本とそっくりだ。道路の舗装もそっくりだ。けれどもだ。
田舎へ行くと田んぼの道路は日本ほど舗装されていずだ。釜山なんか行くと街角の様子は日本と変わらんけど周辺を見ると異世界だ。どう表現すればいいかモンゴルのようで山肌にビッチリ家は張っていて家もカラフルだ。幅の広い階段を上って行くようになっている。そして更に貧富の差は上下する場所だ。
普通の身分の人は行くと危険と言える。韓国へ行くならと言うか玄界灘を揺られて船で行くことをお勧めする。そして顔を記憶しよう。その路線で行くと日本に帰化している人の顔は分かる。とりあえず一回くらいは韓国に行って長期滞在して文化へ触れて見よう。
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